社労士が解説:労務管理実践編① 採用から退職までの手続きと注意点
- 代表 風口 豊伸
- 5 日前
- 読了時間: 12分
はじめに
前回の記事では、労務管理の基本的な考え方や重要性について解説しました。労務管理とは単なる「手続き業務」ではなく、会社・従業員・社会の「三方よし」を実現するための重要な経営基盤であることをお伝えしました。
今回からは、より実践的な内容として、労務管理の具体的な業務と注意点について解説していきます。第一回目となる本記事では、従業員のライフサイクルである「採用から退職まで」に焦点を当て、各段階で必要となる手続きと法的リスクを回避するためのポイントを詳しく解説します。
人事労務の実務担当者はもちろん、採用や人材管理に関わる管理職、さらには経営者の方々にとっても、知っておくべき重要な内容です。手続きや書類作成のミスが思わぬトラブルを招くことがありますので、正確な知識を身につけ、適切に実践していきましょう。
目次
採用前の準備と注意点
採用時に必要な手続きと書類
労働条件通知書の作成ポイント
雇用契約書のチェックリスト
社会保険・雇用保険の加入手続き
在職中の主な手続きと管理
賃金・労働時間の適正管理
人事異動に伴う手続き
休職・休業に関する手続き
退職時の手続きと注意点
退職の申出から退職日までの流れ
退職時に必要な書類一覧
退職後のトラブル防止策
よくあるミスと対策
実務効率化のための管理方法
まとめ:従業員ライフサイクル管理の重要性
1. 採用前の準備と注意点
採用活動を始める前に、適切な準備を行うことで、後々のトラブルを防止することができます。
採用計画の策定
人員計画の明確化
採用の必要性と理由の明確化
求める人材像と必要なスキルの特定
採用人数と配属先の決定
採用予算の設定
採用コスト(広告費、紹介料など)の算出
初期教育費用の見積り
人件費シミュレーション(給与・賞与・法定福利費など)
募集要項の作成
労働条件の明確化
雇用形態(正社員、契約社員、パートタイマーなど)
就業場所と勤務時間
給与・賞与・退職金制度
休日・休暇制度
昇進・昇給の条件
注意点
虚偽や誇大な表現を避ける(労働条件の相違によるトラブル防止)
男女雇用機会均等法に反する募集を行わない
年齢制限を設ける場合は例外事由に該当するか確認する
選考過程における注意点
面接時の質問
本人の適性・能力に関する質問に限定する
差別的な質問(出身地、家族構成、宗教、思想信条など)を避ける
女性のみに結婚・出産予定を尋ねるなど、性別を理由とする差別的質問の禁止
採用選考に関する書類
応募者のプライバシーに配慮した管理
不採用者の個人情報の適切な廃棄(通常は応募書類返却または速やかに廃棄)
採用選考記録の適切な保管
2. 採用時に必要な手続きと書類
採用が決定したら、以下の手続きと書類の作成が必要になります。
労働条件通知書の作成ポイント
労働条件通知書は、労働基準法第15条に基づき、使用者が労働者に対して労働条件を明示するための書面です。
絶対的必要記載事項(書面による明示が必要)
労働契約の期間
就業場所と従事する業務
始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇
賃金の決定方法、計算方法、支払方法、締切日・支払日
昇給に関する事項
退職に関する事項(解雇の事由を含む)
相対的必要記載事項(定めがある場合は書面での明示が必要)
退職金の定めの有無、適用条件
賞与の定めの有無、計算・支払方法
食費・作業用品などの負担に関する事項
安全衛生、職業訓練に関する事項
災害補償、業務外傷病扶助に関する事項
表彰・制裁に関する事項
注意点
労働条件通知書は雇入れ時に交付する必要がある
交付方法は原則書面だが、本人が希望する場合はFAXやメールでも可能
労働者の署名または記名押印をもらうことが望ましい
交付した労働条件通知書のコピーを保管する
変更があった場合は、変更後の労働条件を書面で明示する
雇用契約書のチェックリスト
雇用契約書は、労働条件通知書の内容を含みつつ、さらに詳細な労使間の合意事項を記載した書面です。
基本的な記載事項
契約当事者(会社名・代表者名、従業員氏名)
契約期間(期間の定めがある場合)と更新に関する事項
試用期間の有無と期間、条件
労働条件通知書に記載すべき事項
就業規則の遵守義務
重要な特約事項
秘密保持義務(守秘義務)
競業避止義務(退職後の競業制限がある場合)
知的財産権の帰属
副業・兼業に関する取り決め
テレワークに関する取り決め(該当する場合)
注意点
就業規則との整合性を確認する
無効となる可能性のある条項(過度な違約金など)を含めない
必ず双方で署名・押印し、各1部ずつ保管する
外国人を雇用する場合は、在留資格の確認と雇用条件に関する注意が必要
社会保険・雇用保険の加入手続き
健康保険・厚生年金保険(社会保険)
対象事業所:
法人の場合は従業員数に関わらず強制適用
個人事業主の場合は、飲食業・理容美容業などのサービス業などを除き、5人以上の従業員がいれば強制適用(5人未満は任意適用)
対象者:
正社員(原則全員加入)
パート・アルバイトは、原則週30時間以上勤務の場合に加入
特定適用事業所(被保険者人数51人以上など)では、週20時間以上勤務かつ月額賃金8.8万円以上などの要件を満たせば加入義務あり
必要書類:
健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届
健康保険被扶養者(異動)届(扶養家族がいる場合)
基礎年金番号通知書のコピー
マイナンバー確認書類
提出先:日本年金機構(年金事務所)
提出期限:入社日から5日以内
雇用保険
対象者:
31日以上雇用見込みがあり、週20時間以上勤務する従業員
必要書類:
雇用保険被保険者資格取得届
雇用保険被保険者資格取得届出確認照会票
本人確認書類(マイナンバーカードなど)のコピー
提出先:ハローワーク(公共職業安定所)
提出期限:入社日の翌月10日まで
労働者名簿・賃金台帳・出勤簿の作成
労働基準法により、労働者名簿、賃金台帳および出勤簿の作成・保管が義務付けられている
労働者名簿:従業員の氏名、生年月日、履歴、性別、住所、従事する業務、雇入年月日、退職年月日など
賃金台帳:賃金計算の基礎となる事項、支払った賃金総額、労働時間数など
出勤簿:出勤日・始業終業時刻・休憩時間・法定外労働時間数など
3. 在職中の主な手続きと管理
従業員の在職中には、様々な手続きや管理業務が発生します。
賃金・労働時間の適正管理
賃金管理
毎月の給与計算と支払い
賃金台帳の作成・保管(3年間保存義務)
社会保険料・雇用保険料の適正な徴収
所得税・住民税の源泉徴収
年末調整・源泉徴収票の作成
賞与支給時の手続き
労働時間管理
出退勤記録の適正な管理(客観的な記録方法の導入)
時間外労働・休日労働の管理と36協定の遵守
年次有給休暇の付与・取得管理
変形労働時間制を導入している場合はその適正運用
注意点
賃金未払いは即時是正が必要な重大な法令違反
労働時間の過少申告や「サービス残業」は厳禁
36協定の時間外労働上限規制(原則月45時間、年360時間など)の遵守
年5日の年次有給休暇取得義務化への対応
人事異動に伴う手続き
異動・昇進・昇格時
辞令の交付
労働条件に変更がある場合は労働条件変更通知書の交付
社会保険の報酬月額に大きな変動がある場合は随時改定手続き
転勤に伴う住所変更がある場合は各種届出
降格・降給時
就業規則に定めがあることの確認
本人への丁寧な説明と同意の取得(特に降給の場合)
労働条件変更通知書の交付
社会保険の随時改定手続き(該当する場合)
休職・休業に関する手続き
傷病による休職
休職命令書の交付
健康保険傷病手当金の申請サポート
復職時の手続き(復職可否の判断、復職プログラムの実施など)
育児・介護休業
育児・介護休業申出書の受理
育児・介護休業給付金の申請サポート
社会保険料免除の手続き(育児休業の場合)
復職時の短時間勤務制度等の説明と手続き
産前産後休業
産前産後休業取得の申出手続き
出産育児一時金、出産手当金の申請サポート
社会保険料免除の手続き
育児休業への移行手続き
4. 退職時の手続きと注意点
退職は労使関係の最終局面として、適切な手続きと対応が求められます。
退職の申出から退職日までの流れ
自己都合退職
退職届の受理(民法上は2週間前、就業規則で1ヶ月前などと定めることが多い)
引継ぎ計画の作成と実施
貸与物品の返却確認
退職金の計算と支払い準備
最終給与・未払残業代・未消化有給休暇買取(規定がある場合)の精算
会社都合退職(解雇)
解雇理由の明確化と解雇予告(30日前、または30日分の解雇予告手当の支払い)
解雇予告除外認定が必要な場合は労働基準監督署への申請
解雇理由証明書の交付(請求があった場合)
退職金の計算と支払い準備
最終給与等の精算
定年退職
定年退職の事前通知(6ヶ月前程度が望ましい)
再雇用制度がある場合はその説明と手続き
退職金の計算と支払い準備
最終給与等の精算
退職時に必要な書類一覧
会社から従業員へ交付する書類
離職票(雇用保険被保険者離職票-1、-2)
雇用保険被保険者証
源泉徴収票
健康保険被保険者資格喪失証明書
退職証明書(請求があった場合)
解雇理由証明書(解雇の場合で、請求があった場合)
社会保険関係の手続き書類
健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届
雇用保険被保険者資格喪失届
雇用保険被保険者離職証明書
注意点
離職票は退職後にハローワークから交付されるため、速やかに手続きを行う
解雇の場合、離職理由の記載は失業給付に影響するため慎重に対応
退職証明書に記載できる事項は法律で限定されている
退職後のトラブル防止策
秘密情報保護のための対策
退職時の誓約書取得
情報セキュリティチェックの実施(メールボックス、アクセス権限の削除など)
顧客情報や機密情報の持ち出し防止
競業避止義務に関する対応
競業避止義務の範囲と期間の合理的設定
代償措置(退職金の割増など)の検討
違反時の対応方針の明確化
退職者とのコミュニケーション
円満退職のための丁寧な対応
退職理由の把握(退職者アンケートなど)
再雇用の可能性を残す対応(優秀な人材の場合)
5. よくあるミスと対策
労務手続きにおいてよく発生するミスとその対策を紹介します。
採用時のミス
ミス例
労働条件通知書の交付漏れ
社会保険・雇用保険の加入手続き遅延
外国人雇用時の在留資格確認漏れ
対策
採用手続きチェックリストの作成と活用
期限管理表の作成(カレンダーへの登録)
書類提出期限の数日前にリマインダー設定
在職中のミス
ミス例
賃金計算ミス(特に変則勤務や時間外労働の計算)
社会保険料の徴収漏れ
年次有給休暇の付与漏れや管理ミス
対策
給与計算システムの導入
ダブルチェック体制の構築
年次有給休暇管理表の作成と定期的な確認
退職時のミス
ミス例
離職票の手続き遅延
最終給与の計算ミス
未払い残業代の発生
対策
退職手続きチェックリストの作成と活用
退職予定者の一覧表作成と進捗管理
最終給与計算の特別チェック体制
6. 実務効率化のための管理方法
労務管理業務を効率化するための管理方法を紹介します。
書類管理の効率化
個人別ファイリングシステム
従業員ごとに個別フォルダを作成し、入社から退職までの書類を一元管理
書類の種類ごとにインデックスを付け、迅速に検索できるよう整理
定期的な書類整理日の設定
電子化の推進
紙書類のスキャンによる電子保存
クラウドストレージの活用(セキュリティ対策を万全に)
アクセス権限の適切な設定(個人情報保護)
保存期間の管理
法定保存期間に基づく書類の分類
保存期間満了書類の適切な廃棄スケジュール設定
廃棄記録の作成と保管
スケジュール管理の効率化
年間労務カレンダーの活用
毎月の労務イベントを可視化(給与計算、社会保険料納付など)
年間行事の事前計画(算定基礎届、年末調整など)
法改正情報の更新スケジュール組み込み
期限管理の徹底
各種届出の提出期限一覧表の作成
提出期限の数日前にアラート設定
担当者不在時のバックアップ体制確立
業務フローの標準化
マニュアル作成
採用・退職手続きなど定型業務のマニュアル作成
フローチャート形式による視覚化
定期的な更新と改善
業務の棚卸しと効率化
現状業務の分析と無駄の洗い出し
重複作業の統合や削減
優先順位付けによる業務の整理
システム活用
人事労務管理システム導入のメリット
データ入力の一元化による重複作業の削減
計算ミスの防止
リアルタイムでの情報共有
電子申請の活用
e-Gov(電子政府)の活用による行政手続きの電子化
マイナポータルの活用
電子申請による郵送コスト・時間の削減
7. まとめ:従業員ライフサイクル管理の重要性
従業員の採用から退職までの一連の流れを「従業員ライフサイクル」として捉え、各段階に応じた適切な労務管理を行うことは、企業経営の基盤となる重要な業務です。
適切な労務管理のメリット
法令遵守によるリスク回避
従業員の信頼獲得と定着率向上
業務効率化によるコスト削減
人材活用の最大化による企業成長
特に近年は働き方改革関連法の施行や新型コロナウイルスの影響によるテレワークの普及など、労働環境が大きく変化しています。こうした変化に対応するためにも、基本的な労務知識を身につけ、適切な手続きと管理を徹底することが欠かせません。
本記事で解説した内容は、法令遵守の最低限の取り組みです。これらをベースとしつつ、自社の状況や従業員のニーズに合わせた柔軟な対応を加えることで、より効果的な労務管理が実現できるでしょう。
次回予告:労務管理実践編② 「労働時間管理の実務と法的リスク回避」
次回は、労務管理実践編の第二回として、企業の労務リスクの中でも特に注意が必要な「労働時間管理」について詳しく解説します。法定労働時間と割増賃金の基礎知識、労働時間の適正な把握方法、変形労働時間制や裁量労働制などの柔軟な労働時間制度、さらには長時間労働対策や労働時間管理の事例と対応策など、実務に即した内容となりますので、ぜひお楽しみに!

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