社労士が解説:知っているようで知らない!労務管理の基本編
- 代表 風口 豊伸
- 4月13日
- 読了時間: 9分
はじめに
これまでの記事では、給与計算を自動化するための6つのステップとして、年間出勤日数の管理、固定割増賃金制度の導入、手当の実態把握、正確な労働時間管理、クラウド型勤怠システムへの移行、そして給与計算システムの導入について詳しく解説してきました。
しかし、こうした仕組みを適切に運用するためには、その土台となる「労務管理」が適切に行われている必要があります。「労務管理」という言葉はよく耳にしますが、具体的にどのような業務を指し、なぜ重要なのかを理解している方は意外と少ないのではないでしょうか。
今回は、労務管理の基本について解説します。労務管理とは何か、なぜ必要なのか、そして具体的にどのような業務が含まれるのかを明確にし、企業経営における労務管理の重要性を理解していただきます。これから人事労務に携わる方だけでなく、経営者や管理職の方にとっても役立つ内容となっています。
目次
労務管理とは何か?その定義と範囲
なぜ労務管理が重要なのか?4つの視点から考える
労務管理の基本となる5つの業務領域
採用・退職管理
労働時間管理
賃金管理
人事評価管理
安全衛生・健康管理
労務管理の失敗事例と解決法
中小企業における効率的な労務管理のポイント
まとめ:適切な労務管理がもたらす「三方よし」
1. 労務管理とは何か?その定義と範囲
労務管理とは、従業員の雇用から退職までの間の様々な側面を適切に管理することで、企業活動を円滑に進めるための基盤を整える活動です。具体的には、以下のような要素が含まれます。
労務管理の3つの側面
① 法的側面
労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法など各種労働法規の遵守
就業規則や労使協定の整備・運用
社会保険や労働保険の手続き
② 人的側面
従業員の能力開発や適性配置
働きやすい職場環境の整備
モチベーション管理やメンタルヘルスケア
③ 経営的側面
人件費の適正管理
労働生産性の向上
人材の有効活用
労務管理は単なる「手続き業務」ではなく、人材という企業の重要な資源を最大限に活かすための戦略的な活動であり、経営戦略と密接に関連しています。
2. なぜ労務管理が重要なのか?4つの視点から考える
労務管理がなぜ重要なのか、4つの視点から考えてみましょう。
① 法令遵守(コンプライアンス)の視点
労務リスクの回避
労働基準監督署の調査や是正勧告
未払い残業代請求などの労働トラブル
従業員からの内部告発や訴訟リスク
労働関係法令に違反した場合、企業は多額の金銭的ペナルティを負うだけでなく、社会的信用の失墜にもつながります。適切な労務管理は、こうしたリスクを未然に防ぐための「保険」とも言えます。
② 生産性向上の視点
人材の最大活用
従業員の能力やスキルの適切な評価と配置
公平な評価・報酬制度による動機付け
適切な労働時間管理によるワークライフバランスの実現
労働生産性を高めるためには、従業員が最大限の能力を発揮できる環境整備が不可欠です。適切な労務管理は、従業員の潜在能力を引き出し、企業全体の生産性向上に寄与します。
③ 従業員満足度の視点
働きやすい職場環境の構築
明確な労働条件と公正な処遇
健康で安全な職場環境
ワークライフバランスの実現支援
従業員満足度の高い企業は離職率が低く、採用コストの削減や業務の安定化にもつながります。また、「働きがいのある会社」という評判は、優秀な人材獲得にも有利に働きます。
④ 経営戦略の視点
人件費の最適化
適正な人員配置と労働時間管理
成果に応じた賃金体系の構築
将来を見据えた人材育成投資
企業にとって人件費は主要なコストです。適切な労務管理によって人件費を最適化することは、企業の利益確保と持続的成長に直結します。
3. 労務管理の基本となる5つの業務領域
労務管理は多岐にわたりますが、基本となる5つの業務領域について詳しく見ていきましょう。
① 採用・退職管理
採用管理のポイント
採用計画の策定(必要な人材の質と量の見極め)
労働条件の明示と雇用契約の締結
入社時の社会保険・労働保険の手続き
退職管理のポイント
退職届の受理と引継ぎ体制の構築
退職金計算と支払い
社会保険・労働保険の喪失手続き
離職票の発行
採用時には「採用区分」(正社員、契約社員、パート社員など)に応じた適切な契約書の作成が重要です。また、退職時には円滑な業務引継ぎと適切な手続きが、トラブル防止の鍵となります。
② 労働時間管理
労働時間管理のポイント
法定労働時間の遵守(原則週40時間、1日8時間)
時間外労働・休日労働の適切な管理(36協定の締結と遵守)
年次有給休暇の付与と取得促進
変形労働時間制や裁量労働制など柔軟な働き方の導入検討
労働時間の適正管理は、過重労働による健康障害防止や未払い残業代の発生防止など、労務リスク回避の観点から極めて重要です。また、働き方改革関連法により、年次有給休暇の取得義務化や残業時間の上限規制など、労働時間管理の重要性は一層高まっています。
③ 賃金管理
賃金管理のポイント
賃金体系の設計(基本給、諸手当、賞与など)
最低賃金法の遵守
時間外・休日・深夜労働の割増賃金の適正計算
賃金控除の適正運用(社会保険料、所得税など)
賃金は労働の対価として最も重要な労働条件です。公平で納得性の高い賃金制度の構築は、従業員のモチベーション向上と定着率アップに直結します。また、賃金未払いや不当な賃金控除は、重大な法令違反となるため注意が必要です。
④ 人事評価管理
人事評価管理のポイント
評価基準の明確化と従業員への周知
公平・公正な評価プロセスの確立
評価結果の賃金・昇進への適切な反映
評価フィードバックを通じた人材育成
適切な人事評価制度は、単なる「査定」ではなく、従業員の成長を促し、企業全体の生産性向上につなげるための重要なツールです。評価基準や方法が不明確だと、従業員の不満や不信感につながり、モチベーション低下を招きます。
⑤ 安全衛生・健康管理
安全衛生・健康管理のポイント
定期健康診断の実施と結果に基づく措置
職場環境の安全確保と改善
メンタルヘルスケア(ストレスチェックの実施など)
長時間労働者への健康確保措置
従業員の健康は企業の生産性に直結します。特に近年は、メンタルヘルス不調による休職や離職が増加しており、「心の健康管理」の重要性も高まっています。また、労働安全衛生法の改正により、ストレスチェックの実施が義務化されるなど、法的要請も強まっています。
4. 労務管理の失敗事例と解決法
実際の労務管理における失敗事例とその解決法を見ていきましょう。
事例1:労働時間管理の不備による未払い残業代請求
事例: 営業部門の管理職が、部下の残業時間を過少申告するよう指示していたことが発覚し、退職した元従業員から未払い残業代の請求を受けた。
問題点:
労働時間の実態把握ができていない
管理職の労務管理に関する知識不足
内部チェック体制の不備
解決法:
客観的な労働時間記録システムの導入(ICカードやPCログなど)
管理職向けの労務管理研修の実施
労働時間の定期的な監査体制の構築
事例2:ハラスメントによる職場環境の悪化
事例: 上司のパワーハラスメントにより、複数の従業員が心身の不調を訴え、休職や退職が続出。SNSでの内部告発により企業イメージが大きく低下した。
問題点:
ハラスメント防止策の不備
相談窓口の未整備または機能不全
経営層のハラスメントに対する認識不足
解決法:
全社的なハラスメント防止研修の実施
相談窓口の設置と周知(外部窓口の併用も検討)
経営トップによるハラスメント撲滅宣言と体制強化
事例3:就業規則の不備による労使トラブル
事例: 従業員の懲戒処分に関して就業規則に明確な規定がなく、処分を不服とした従業員から訴訟を提起された。
問題点:
就業規則の内容不備
従業員への就業規則の周知不足
処分決定プロセスの不透明さ
解決法:
就業規則の総点検と必要な改定
イントラネットでの閲覧環境整備など周知方法の改善
懲戒委員会など透明性の高い処分決定プロセスの構築
5. 中小企業における効率的な労務管理のポイント
中小企業では人事部門の人員や予算が限られていることが多いため、効率的な労務管理が求められます。
① 優先順位の明確化
法令違反リスクの高い業務から着手
労働時間管理(特に残業時間の管理)
36協定の締結と運用
年次有給休暇の付与と管理
法令違反により罰則や是正勧告のリスクがある業務は、優先的に適正化を図りましょう。
② ITツールの活用
業務効率化のためのITツール導入
クラウド型勤怠管理システム
給与計算ソフト
人事労務管理システム
マイナンバー管理ツール
初期投資は必要ですが、長期的には業務効率化とミス防止によるコスト削減効果が期待できます。
③ 外部専門家の活用
専門家との効果的な連携
社会保険労務士への業務委託(給与計算、社会保険手続きなど)
定期的な労務監査の実施
就業規則や各種規程の整備・見直し支援
すべてを自社で行うのではなく、専門性の高い業務は外部委託することで、限られたリソースを効果的に活用できます。
④ 従業員の協力体制構築
従業員の理解と協力を得る
労務管理の重要性に関する研修実施
各種制度や規則の丁寧な説明
現場からの改善提案の募集
労務管理は人事部門だけの仕事ではなく、従業員全員が関わる問題です。特に管理職の理解と協力は不可欠です。
6. まとめ:適切な労務管理がもたらす「三方よし」
適切な労務管理は、「三方よし」の精神で企業全体に好循環をもたらします。
会社よし
労務リスクの低減によるコスト削減
生産性向上による収益増加
企業イメージ向上による人材確保
従業員よし
公正な評価と処遇による働きがい向上
健康で安全な職場環境
ワークライフバランスの実現
社会よし
法令遵守による健全な労働環境の実現
従業員の幸福度向上による社会的安定
企業の持続的成長による経済発展
労務管理は単なる「管理業務」ではなく、企業の持続的成長を支える経営基盤です。今回解説した基本的な考え方と5つの業務領域を踏まえ、自社の労務管理体制を見直してみてはいかがでしょうか。
次回予告:労務管理実践編① 「採用から退職までの手続きと注意点」
次回は、労務管理実践編として、採用から退職までの各段階で必要となる手続きと注意点について解説します。入社時の労働条件通知書の作成ポイント、雇用保険・社会保険の加入手続き、退職時の各種書類作成など、実務に即した内容となりますので、ぜひお楽しみに!

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